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BRIDGE ~世界に広げよう日本の心~

右でも左でもないど真ん中.石井希尚(Marre)のブログ

デビッドボウイ主の祈り

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David Bowieが72,000人の前でひざまづき「主の祈り」を祈った事件
先日69歳で死去した世界的伝説のロックシンガー
デビッド・ボウイー」
彼は、多くの人に影響を与え続けてきた。
1992年、元Queenのフレディー・マーキュリー追悼コンサートで、72,000人のオーディエンスを前に、突然ひざまづき「主の祈り」を唱えたことは有名だ。
熱狂していたスタジアムは静まり返った。
主の祈りというのは、かの有名なキリストが、弟子たちに祈るときはこう祈れと、模範として示した祈りで新約聖書に出てくる。
 
天にまします我らの父よ
ねがわくは御名〔みな〕をあがめさせたまえ
御国〔みくに〕を来たらせたまえ
みこころの天になるごとく
地にもなさせたまえ
我らの日毎の糧〔かて〕を、今日〔きょう〕も与えたまえ
我らに罪をおかす者を、我らがゆるすごとく
我らの罪をもゆるしたまえ
我らをこころみにあわせず
悪より救いいだしたまえ
国と力と栄えとは、限りなくなんじのものなればなり
アーメン
 
ボウイーは、一体なぜ7万人を超える聴衆を祈りに導いたのだろう。
そのことを彼は後にイギリスでArenaという雑誌のインタビューで答えている。
 
あれは、ステージにあがる5分前に決めたことなんだ。マネジャーと僕にはエイズを患っていたクレッグという友達がいたんだけど、その日、ちょうど昏睡状態に陥ったんだ。
そんな中、ステージに向かおうとした直前、なにものかが僕に語りかけて「主の祈りを祈れ」と言ったんだよ。
クレッグはその2日後に亡くなった。 
ロックの世界では、特にコンサート会場においては、祈りは締め出されている。
ところが、僕が思うに多くのアーティストが書いている曲は彼らの「祈り」そのものだ。
僕が書いてきた曲も自分自身との調和を求める祈りであるように思う。
個人的なことを言えば、僕は神の存在を固く信じている。
僕にとってそれは疑いの余地がないことなんだ。
人生を振り返ると、僕が冒険主義だと思っていたことの多くは、細いながらも保っていた神とのコネクションへの探求だった。
僕は常になぜ宗教があるのか、人々はそこに何を見出したのかを追求していた。
そして、僕は常に、いろいろな信仰の間で揺れ動いていた。
70年代には黒魔術に魅了されたよ。
それは今思えば明らかに、サタンの力によって引き寄せられたのだと思う。
でも僕自身が悪を求めていたわけじゃない。
それは不思議な事象が僕をどこかに導いてくれるかもしれないという
希望から出た行動だったたんだ
 
主の祈りが捧げられたコンサートが行われた1992年と言えば、ボウイがソマリア人スーパーモデル・イマンと結婚した年だ。
スイスでひっそりと行われた挙式に続いて、イタリアはフローレンスのSt.ジェームズ教会でも盛大に執り行われた。
すでに書類に署名がされていたよ。
でも、本当の結婚は神によって聖なるものとされることだと僕たちは思っていた。
だから教会で執り行われる必要があったんだ

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ボウイは後にHello!マガジン誌にこう語っている。
ボウイー最後のアルバムとなったBlackstarのプロデューサーはこうコメントしている。
彼はこのアルバムはファンへのお別れとして作ったのです
アルバムは死の2日前、彼の69歳の誕生日にリリースされた。
収録曲「ラザロス」はこう始まる。
 
 ここを見上げてごらん。僕は天国にいるから
 
妻のイマンがボウイーの死に先立ってツイッターでささやいた言葉がこれだ。
"The struggle is real, but so is God."
苦しみは現実、でも神は実在する
 
生前最後の写真で、彼は幸福な笑顔を見せている。
インスタグラムにアップされた紳士。亡くなる2日前の写真だ。
かっこいいなあ。