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BRIDGE ~世界に広げよう日本の心~

右でも左でもないど真ん中.石井希尚(Marre)のブログ

俺はアジアンブラックだ!モハメド・アリ逝く!!

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2016年6月4日
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◼︎さらば、史上最強のボクサーモハメド・アリよ!
6月3日、元ヘビー級王者モハメド・アリが逝った。74歳だった。
元ヘビー級王者で、誰もが知る20世紀の英雄だ。
しかし彼は、ボクサーとしてだけでなく、人種差別とも戦った英雄でもある。1960年のローマオリンピックで、アリは見事金メダルをとった。
しかしアメリカに帰国すると、黒人だからという理由でレストランへの入店を拒否される。
怒りと失望の中、彼は金メダルを川に投げ捨てた。
18歳だった。
黒人として生まれたという不条理を背負い、彼は人種差別との戦いへと闘志を燃やしたのである。

◼︎アジアンブラックの誇り
1966年、ベトナム戦争について記者たちが質問したときのことだ。
インタビューに答えた彼の言葉は、世界中を駆け巡った。
彼は言った。
”Man, I ain't got no quarrel with the Viet Cong!” ベトコンと争う理由は  
  一つもない!
後のインタビューで、彼はこのときの発言について説明している。俺は、ただ白人による有色人支配を持続させるために、わざわざ1600キロも離れた場所の貧しい国民を殺すことに手出すけするためにのこのこ出かけていくことなどしない。
今こそ、そのおぞましい悪は終わりを迎えなければならないのだ。
俺は自分の信仰に背くようなことはしない。
正義と自由、そして平等のために戦っている彼らを奴隷とするための道具と成り下がり、自分自身や我が同胞、そして信仰に背くようなことなど絶対にしない。
彼にとってベトナム戦争は人種戦争だった。
だからアメリカ人でありながら、公然とアメリカ政府を批判し、兵役につくことを拒否したのだった。
彼はマルコムXで有名なNaiton of Islamのメンバーだった。
キング牧師は無抵抗を貫いたが、彼らは断固戦うように主張した。
アリは自分のことをアジアンブラックと呼んだ。
”I am not a Negro. . . I am Muhammad Ali. . . And I am an Asiatic black  
  man!”
『俺はニグロじゃない。モハメッド・アリ・・・俺はアジアンブラックマン
   だ!』

◼︎日本こそが模範
彼にとってアジア人、とりわけ日本人は尊敬の的だった。
彼のメンターは「Nation of Islam」の指導者であるイライジャ・ムハンマドだ。
彼もまた子どもの頃から黒人に対する極度の差別と暴力の中で育ち、やがて黒人解放運動に身を投じていった人物だ。彼らは、人種差別の中で育ったのだ。
そんな彼らにとって、日本人は有色人種のヒーローだった。
それは、日本が日露戦争に勝利したことによる。
大航海時代以来、世界を植民地化してきた白人による世界支配の歴史を終わらせたのは、日本だったのだ。
有色人種でも白人と戦い勝利することができる!
これが、日露戦争が世界の夕食人種に与えた希望だった。
イライジャ・ムハンマドにとっても、日本は模範であり希望だった。
だから彼は日本人についてこう発言している。
日本人は我々黒人の兄弟である!
1942年8月16日の演説においてである。
NY出身の牧師ジェイムズ・ボッディーはNYエイジ紙に投書してこう言った。
 
『最も進歩したアジアの黒人、我が同胞に日本人よ!』
 
マルコムX大日本帝國軍に入隊したいと切に願っていた。
差別を受けながら生きてきた黒人解放運動家達の活躍の背後に希望の星としての日本がいた。
だから、アリも同じように日本を尊敬し、日本人の姿に希望を見出し、
人種差別というリング外での戦いに命をかけたのだ。
あまり知られていない歴史の一面だ。
 
人種差別との戦いについてのシリーズはこちら↓