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BRIDGE ~世界に広げよう日本の心~

右でも左でもないど真ん中.石井希尚(Marre)のブログ

命のヴィザは本当なの?②

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ナチスドイツの台頭
さて、前回は、杉原千畝は日本政府に背いてもいないし、首にもなっていないってことや、日本政府は、ユダヤ人へのヴィザ発行を禁止してないってことについて、ざくっと書いたんだけど、じゃあ、歴史的な事実の流れはどうだったんだろうってことで、史実を見てみよう。

まず、この問題を語るときに絶対に理解しておかないといけないのは、昭和8年(1933年)に、ドイツで、ヒトラー率いるナチ党による独裁体制が確立されたってことだ。
ここから、ヒトラーによる悪魔のような政策が実行されていく。
このナチスドイスの政策の中で、最も特徴的なのが「人種主義」政策だ。
ヒトラー『アーリア人至上主義者』だったんだよ。
これは、ドイツ人こそが真のアーリア人で、世界を支配するにふさわしい民族だという思想なんだ。
この思想に基づいて、ヒトラーは他民族を差別した。
彼にとっては、日本人だって、劣等民族だったんだから、ここは抑えておこう。
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でも、最低最悪の「文化破壊人種」というレッテルを貼られたのが「ユダヤ人」だったんだ。
彼は、ユダヤ人を『抹殺』し『根絶』させることが善だと考えた。
その結果、多くのユダヤ人がアウシュビッツ強制収容所おくりになり、虐殺されたわけだ。本当におぞましい「ホロコースト」だ。

◉冷たかった世界
この人種差別政策に、他のヨーロッパの国やアメリカはどう反応したんだろう?
実は、じっと黙って何もしなかったんだよ。
信じられないだろ?
ドイツでユダヤ人迫害の嵐が吹きすさぶ中、アメリカやイギリスなどの主要国初め、フランスもその他の国もユダヤ難民に広く門を開くことはなかったんだ。
でも、さすがに、国内の世論を無視できなくなって、ようやくアメリカが動いて、国際会議を開いた。
欧州と中南米32ヶ国の代表者が、フランスのエビアンに集まったんだ。
だからエビアン会議」という。
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 でも、ナチスの人種差別が始まってから既に5年経っていた。
ところが、国際社会はユダヤ人に対して冷たかったんだ。
エビアン会議が終わっても、参加国のほとんどは、ユダヤ難民受け入れには積極的じゃなかったんだよ。
 
◉第二次世界対戦勃発
ドイツがポーランドに侵攻して、第二次世界対戦が勃発すると、
ドイツは破竹の勢いで周りの国を支配していった。
だから、ドイツ国内で始まったユダヤ人迫害の波は、当然の結果として、ドイツに侵略された国にも及び始めた。
ドイツ国内のみならず、ポーランドやオーストリアからも、ユダヤ人が続々と脱走を図ったわけだ。
これらの人々が「ユダヤ難民」だね。

ユダヤ人が直面したのは、人種差別問題。
でも、世界が直面したのはユダヤ難民問題だ。

ここには、同時におこった別々の二つの種類の問題がある。
わかるよね。
人種差別と難民という二つの問題だ。
そんな中、杉原千畝リトアニアに着任したんだ。
ちょうど、ヨーロッパで、第二次世界対戦が勃発する2ヶ月前だった。
 
◉さて、本題だ
このような時世下、ドイツの人種差別政策である『反ユダヤ主義』に、ドイツとの同盟国だからという理由で、日本は本当に加担したのか。
ドイツの反ユダヤ主義を支持していたのか?
これが本題。
一般的に知れ渡ってしまった杉原千畝の物語によれば、そういうことになる。
でも、実際はどうだったのか・・・。
歴史の真実は如何に!
実は、日本は国策として、反ユダヤ主義を掲げてているドイツに追随してはいない。
これは、とても大事なことだから、しっかりと理解しておかないといけないよ。

◉5相会議開催!!
ナチスのユダヤ人迫害が激しさを増している真っ只中の1938年12月6日、日本は「5相会議」というのを開いた。
総理大臣、外務大臣、大蔵大臣、陸軍大臣、そして海軍大臣が集まって、政策を決めた大事な会議だ。
これは、第一次近衛文麿(このえふみまろ)内閣時代だ。
実質的な『最高首脳会議』だった。
ここで、日本は『猶太人対策要綱(ゆだやじんたいさくようこう)』というのを決定したんだ。
これは、ヨーロッパに発生している大量のユダヤ難民に対して、どう対応するかという日本の態度と方針を定めたものだ。
古い日本語だけど、原文を記しておくので、この際、ゆっくり読んでみよう。

猶太人対策要綱    昭和十三年十二月六日附 五相会議決定
独伊両国ト親善関係ヲ緊密ニ保持スルハ現下ニ於ケル帝国外交ノ枢軸タルヲ以テ盟邦ノ排斥スル猶太人ヲ積極的ニ帝国ニ抱擁スルハ原則トシテ避クヘキモ之ヲ独国ト同様極端ニ排斥スルカ如キ態度ニ出ツルハ唯ニ帝国ノ多年主張シ来レル人種平等ノ精神ニ合致セサルノミナラス現ニ帝国ノ直面セル非常時局ニ於テ戦争ノ遂行特ニ経済建設上外資ヲ導入スル必要ト対米関係ノ悪化スルコトヲ避クヘキ観点ヨリ不利ナル結果ヲ招来スルノ虞大ナルニ鑑ミ左ノ方針ニ基キ之ヲ取扱フモノトス
方針
一、現在日、満、支ニ居住スル猶太人ニ対シテハ他国人ト同様公正ニ取扱ヒ之ヲ特別ニ排斥スルカ如キ処置ニ出ツルコトナシ
二 新ニ日、満、支ニ渡来スル猶太人ニ対シテ一般ニ外国人入国取締規則ノ範囲内ニ於テ公正ニ処置ス
三、猶太人ヲ積極的ニ日、満、支ニ招致スルカ如キハ之ヲ避ク、但シ資本家、技術家ノ如キ特ニ利用価値アルモノハ此ノ限リニ非ス

現代語に訳せばこうなる。(マレ訳)
しっかり読んでみてね。
ドイツ・イタリヤ両国と親善関係を親密に保持するのは、現在の日本外交の基本であるから、同盟国が排斥するユダヤ人を、積極的に擁護するのは原則として避けた方がよいとは言え、ドイツと同じように、極端な反ユダヤ主義をとることは、我が国が伝統的に主張してきた「人種平等の精神」に反するものであるのみならず、現在我が国が直面している非常時に於いて、戦争遂行、特に経済建設上、外資獲得が必要であり、対米関係の悪化を避けるべき観点から不利な結果を招くおそれが大きいことを鑑み、この方針に基づきユダヤ人を取り扱うものとする。
方針①
現在、日本、満州、中国に居住するユダヤ人に対しては、他国人同様、公正に取り扱い、ユダヤ人を特別に排斥するような処置をとってはならない
②新たに、日本、満州、中国に渡来するユダヤ人に対しては、一般的な外国人入国取り締まり規制の範囲ないにおいて、公正に処置すること。
③ユダヤ人を積極的に日本、満州、中国に招致することは避けつつも、資本家、技術家のような特別に利用価値ある者は例外とする

◉したたか外交
さて、これは、非常に高度な外交的な判断だったと言える。
日本はすでにドイツとは同盟関係を結んでいた。
日独伊戦国同盟の前身といえる「防共協定」と言ってね、国際共産主義に対する同盟だ。
重要なことを言うよ。
日本は、ドイツと既に「同盟国」だったということだ。
けれども、決議文でははっきりと
『帝国ノ多年主張シ来レル人種平等ノ精神ニ合致セサル』
と宣言している。
つまり
『日本が伝統的に主張してきた「人種平等の精神」に反する』
と言ったわけだ。
 
同盟国である以上、ドイツの国策としての人種政策を公に批判することは外交上おもわしくない。
にもかかわらず、ドイツの政策に同調して、ユダヤ人に対して同じ態度で接することは、国としての精神に反すると言った。
これは、関節的にドイツの人種主義政策を批判したともとれる。
この人種平等の精神に則って三つの方針を決定したんだ。
①と②を見ればわかるように、日本はユダヤ人を他の外国人と同様に扱うという基本方針を打ち出した。
つまり、ユダヤ人を排斥しないということだ。
これは、とっても大事な事実だから、絶対に覚えておいてね。
日本はユダヤ人を排斥しない。
人種差別主義には同調しない!と決定した。
そして③を見てほしい。
日本は確かに、積極的にユダヤ難民を招致するのは、外交上都合が悪いと判断していた。
当たり前だよね。ドイツは同盟国だから。
時は戦時下だ。
世界が大戦争の動乱に巻き込まれつつある時代だ。
国家間の緊張が高まっているときなんだから。
平和の時代とは違う。
だから、同盟国同士の結びつきがものを言う。
そんな時に、わざわざ旗を上げて「ユダヤ難民の皆さんいらっしゃい」とは公言しない。
でも難民が入国しようとしたら、他の外国人と同じように公正に審査して手続きをする。
という意味だよ。
ただ、この③で特筆すべきなのは、特別な技術者や資本家は、積極的に招致する対象としてもよい。
と言ったんだ
 
◉ユダヤ人を正しく認識していた日本
これは、当時の日本が、ユダヤ人問題を冷静に分析できていた証拠だ。
日本はユダヤ人の科学技術面での優秀性を正しく評価していた。
そして、もうひとつ、ここが大事なんだけど、日本政府は『ユダヤ財閥』資本力の凄さを知っていた。
日本とアメリカの関係は悪化する一方で、一つ間違えば戦争になってしまう。(日米開戦直前)
でも、そのアメリカには強力なユダヤ財閥が存在していて、政治的にも発言力がある。
そんなアメリカのユダヤ財閥を、日本の味方につけることさえできれば、日米開戦を防げる可能性もある。
そのためには、日本にユダヤ財閥を呼び込むことは有利だと考えたんだね。
日本の対米外交上、国内にユダヤ財閥を呼びこみ、ナチスから守っているという既成事実をつくることは、米国や英国のユダヤ人やユダヤ財閥を親日に傾けさせるための、重要な要素となり得ると。
だから利用価値があると判断したわけだ。
非常に冷静でドライだね。
でも、同時に日本は、伝統的な「日本精神」を宣言した。
そして、法的には、ユダヤ人をその他の外国人と同じ入国審査で公正に扱うと。
つまりこれは、

日本精神と、公正な難民対策と、高度な外交戦略の三つが並びたった非常に優れた決議

だったということになる。
これがあったから、日本はユダヤ人を差別しなかった。
つまり、杉原千畝が発行したヴィザは、日本政府公認のもので有効だったんだ。だからユダヤ人たちは入国できたんんだよ。
 
杉原千畝が直面したのは難民問題
ただ、杉原千畝は難民が大挙して一度に押し寄せるのはどうなんだろう?っていう現実的な難民対策場の問題に直面していた。
当たり前だよ。
他のどの国もユダヤ難民の入国を規制したんだから。
今もヨーロッパでは大問題だろ?
難民というのはね、
人種差別うんぬんではなくて、突然大挙してこられたら、ちょっと、困るよなーって思うのが普通だと思うよ。
どこに、住んでもらう?
治安は悪化しないかな?
予算どうす?
っていう問題が急浮上するからね。
当たり前なことなんだよ。
そういう都合と、同盟国である理由から、一挙に大量の難民が入国することは、問題になるんじゃないかって、不安に思ったのたが杉原千畝だよ。
だから、外務省に問い合わせた。
すると外務省は
「ちょっとまってよ。避難民に無条件でヴィザ出し続けないでよ。ちゃんと、条件に沿って発行してくださいってね」
と指示したわけだ。 

それはユダヤ難民を大量に受け入れることが、時勢柄好ましいとは言えないという外務省の判断だったんだ。
でも、これは難民を、どう扱うかという難民対策の事務手続き上の問題だ。
 
杉原千畝の功績
でも、杉原さんの偉かったところは、
もうリトアニアの日本領事館も撤退する日が近づいてるし時間もない。
それに、予想以上に多い難民が押しかけてる。
外務省の許可を待ってからじゃ遅すぎる・・・と判断し
ヴィザを出し続けたところだ。
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ここは、杉原千畝が賞賛されていいところ。
でも、この彼の行為は、日本の国策に反していなかった。
だって、5相会議の決定があったからね。
だから、彼は罰せられもしなかったし、首にもならなかった。
それどころか、翌年に、勲5等瑞宝章を授けられたというわけだ。
日本が人種差別国家と手を組んで、一緒にユダヤ人を弾圧したという歴史的事実はない。
そのことをしっかりと理解しておこう。
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