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BRIDGE ~世界に広げよう日本の心~

右でも左でもないど真ん中.石井希尚(Marre)のブログ

『柳条湖(りょうじょうこ)事件』①

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あっという間に9月も終わるねー!!
時がたつのは本当にはやいものだ。
ところで、今年の9月18日は、満州事変の発端となった『柳条湖(りょうじょうこ)事件』から85周年だったんだよ。
ニュースにならないから、ほとんどの人が意識もしないで過ぎ去っていった。
でも中国では違う。
毎年この日、「国の恥を忘れてはならない日」として反日感情が高まるらしい。    
今年は、遼寧省(りょうねいしょう)にある瀋陽(しんよう)市公文書館が、この事件にまつわる公文書14部を初公開した。
これには、日本による警察機関の違法設立、情報収集、土地資源の略奪、組織的な植民といった侵略活動の内容が含まれているらい。
つまり、日本の侵略の歴史を思い出せ!とういことだよね。
もちろん、これは中国が言ってること。
 
じゃあ柳条湖(りゅうじょうこ)事件って何かといえば、これは、旧満州(現在の中国東北部)の奉天(現在の瀋陽市(しんよう)近くの柳条湖(りゅうじょうこ)という場所で、日本の所有する南満州鉄道の線路が爆破された事件だ。
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 これが起こったのが1931年9月18日だった。
さて、これが起こったのは「旧満州」だ。
ここが重要!!よく覚えておいて。

◼︎夢の満州国
この事件がきっかけで、日本の支援によって「満州国」が建国されていく流れとなった。
満州国っていうと、おじいさんやおばあさんが「戦後、満州から逃げるように引き揚げてきた」という話をたくさん聞くから、まるで悪夢のような国という印象を持っている人たちが多い。
でもね、この満州国は、日本の近代技術の粋を集めた超近代国家だったんだ。
満鉄の開発した超特急あじあ号は最高時速150キロで広大な大陸を疾走した。
当時の日本で最速の列車は時速70キロ。
あじあ号」は、夢の超特急として世界の注目を集めたんだ。
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満州には、東洋で最初の本格的な高速道路や、水洗トイレまで備えた近代都市だったんだよ。
部分的には、日本ををも陵駕する先進工業国家が、ユーラシア大陸の東北端に姿を現し、たった13年半で幻のように消えていった。
そのまま発展を続ければ、アジアのアメリカ合衆国になったとさえ言われている。
満洲国は、日本人の情熱と技術力が生みだした奇跡の国だったと言ってもいい。
そして、これが重要なところなんだけど、この国は、当時の中国大陸に住んでいた人々にとっても希望に満ちた国だったんだってことだ。
ここがポイント!!
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満州事変直前の1928年、米モルガン財団代表ラモントは、オールズ国務長官が、すでに日本が支配力を強めていた満州を視察した。
そして、このように書いている。  

『自分の観たところでは、今日満洲は全支那で殆ど唯一の安定せる地域である。
日本は軍事的意味に於いてのみならず、経済的にも満洲を発展せしめつつある。
日本がかくするのは、満洲に赴く少数の日本人開拓者の利益のためではない。
実際の話、満洲開発は中国人の利益になっているのだ。
不安定な戦争状態が中国の広大な部分に拡がっているため、今や中国人は、他の何処に於ても受けねばならぬ匪賊行為や略奪から逃れるために、何千人と云う単位で南満洲に流れ込みつつある』
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この傾向は満洲国成立後も続いて、満州事変後には3千万人だった人口が、10年後の1941年には、4,300万人に急増したんだ。
毎年100万人以上もの民衆が、中国本土から万里の長城を越えて、満洲国になだれ込んだというわけだ。
人々は、内乱と飢饉の中国本土よりも、満洲国を望んだんだよ。
大量の人々がなだれ込んできたというのは、その国が「安定」していたという事実を物語っているね。
今は、シリアから難民が続々とEUにおしかけてるよね。
難民というのは、国から逃げてくる人々だ。
自国が不安定で、命の危険もあるから逃げ出すしかない人々が難民だ。
満州国の人国はたった10年で1,400万人も増えた。
これは、日本の全面的支援によって建国された満州国が、いかに安定していたかを物語っているわけだ。
中国はこの素晴らしい国を日本の侵略の結果であり、屈辱なのだと世界に宣伝しているんだ。
9月18日は中国が侵略された屈辱の日なんだとね。
その記念日まで建っている。

◼︎歴史捏造!! 
でも、ちょっと待った!!
これは全くでたらめなんだよ。
それを如実に物語る証拠がある。しかも「世界遺産」だ。
それこそが万里の長城だ。
これは、旧満州国があった地域、つまり今の中国東北地方からの諸民族侵入をふせぐために漢民族が作った壁なんだからね。
満州国というのは、万里の長城の外側、つまり北方民族の国だったんだ。
彼らは満州族
今の漢民族とは違う。
壁の外側は、古来からツングース系やモンゴル系などの遊牧諸民族が興亡を繰り返した地域なんだ。
有名なのはチンギスカンだよね。
満州族というのは、そのような北方系諸民族の一つだよ。
万里の長城は、明の時代(みん1368年 - 1644年)に作られたんだけど、「明」は漢民族の国だ。
明にとって満州族は敵であり脅威だったんだ。
だから壁を作ったわけ。
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それでも、北方の遊牧民族は武力と機動力で、長城を越えて漢民族を征服してきた。
北魏(ほくぎ)、遼(りょう)、金、西夏(せいか)、元、そして清。これらは、北方民族が支配した国だ。
 歴史的に、満州地域を漢族がずっと支配していたという事実はないんだよ。

だからもともとずっと中国だったんだと言えない。
でも今の中国は「旧満州地域は昔から永遠不可分の領土だ」と宣伝している。
広大なユーラシア大陸にはいろいろな国が興ってきた。
中国の歴史は、漢民族の歴史であるという印象は、必至でそう思わせたい中国のプロパガンダで史実ではない。
実際、漢民族が中国を支配した時代は、その歴史の約1/4程にしか過ぎないんだ。

それどころか、異民族に征服され、統治されることでその異文化の恩恵を受けて漢民族は進歩してきたんだよ。
これは、中東やヨーロッパなど、陸続きの場所では普通の歴史だよね。
中国4000年の歴史なんていうフレーズに惑わされてはいけないよ。
だから、そもそも、漢民族の敵であった「満州族」の国の建国に日本が加担したからといって、今の中華人民共和国から「侵略」だとか「屈辱の日」だと言われる筋合いはないんだよ。

そもそも、繰り返すけど、
満州民族こそ、壁の外側の異民族で、
彼ら漢民族の敵であり、
脅威であり侵略者だったんだから。
 
さらに言えば、今の中華人民共和国は、『柳条湖(りょうじょうこ)事件』の時は
存在もしていなかったんだからね。
この辺りの流れは、次回。