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BRIDGE ~世界に広げよう日本の心~

右でも左でもないど真ん中.石井希尚(Marre)のブログ

沈黙 -サイレンス- 映画が語らない真実

 

 
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2017年1月19日

◼︎スコセッシの励まし?それとも皮肉?

 過日、スコセッシ監督の映画「沈黙」の試写会が、牧師や神父などを対象に行われ、招待していただいたので観に行ってきた。

エンドロールで、スコセッシ監督からのメッセージが浮かび上がった。

「日本の牧師/神父たちに捧ぐ」

僕はこれはなんの皮肉かと思った。

日本にキリストの福音を伝えるべく奮闘している日本人牧師、あるいは神父たちに、敬意を表してのことなのか、あるいはエールを贈るためなのか。

エールを贈るためだとしたら、「この映画の主人公である宣教師たちのように歩め」と励ますつもりなのか。

 

僕は10代のときに、この映画の原作「沈黙」を読んだ。

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そしてその頃、激しく論争したテーマを思い出した。

それは、17歳のときに仲間と作ったフリースクールで開催した歴史授業だった。

僕たちは、日本の教育システムに疑問を持ち、全く新しいスタイルの

「生徒のための生徒のつくった生徒の学校」という謳い文句で、寺子屋学園」という自発的な学びの場を創り出していた。

日本初のフリースクールとして様々なメディアに取り上げられた。

僕は、恥ずかしながらいっぱしの「教育運動家」という評価を与えられていた。

そんな頃のことだ。

その日、ゲスト教師はいった。

 

「今日は『神はいない』という授業をやります!」

 

僕たちは仰天した。歴史の授業なのになぜ?

すると彼は言った。

神はいない。なぜなら神は江戸時代に迫害されているキリシタンたちを助けなかったからだ!

 

彼は当時の隠れキリシタン弾圧がどれほどシビアなものであったかを語り出した。

そう、ちょうど「沈黙」の舞台となった時代のことだ。

「神が全能なら、彼らを助けられたはずだし、神が愛なら助けるべきだった!」と。

しかし、「デウスが神なら助けてくれるだろ!」と罵倒した人々の声が勝ったのだ。

だから、神はいないのだ。

僕はそのスクールの主催者として、そう結論づけた。

 

すると、その場にいた一人の同い年の女の子が泣きだして叫んだ。

 「違うの!違うの!」

 

僕は彼女に食ってかかって言った。

何が違うんだ。お前もしかして、神を信じてるのか?だったら、どうして神は助けなかったのか説明してみろ!

しかし彼女は「違うの!違うの!」と泣き続けるだけだった。

 正義感に燃える反体制教育運動家は、純粋無垢な日本人を助けなかった神への怒りを抱いた。

しかもそれは、ヨーロッパ人がやってこなければ、起こりえなかった悲劇なのだ。

彼ら自身が持ち込んだ異質な教えの結果、多くの日本人がいわれのない苦しみを体験し、しかも、その神は、彼らを見殺しにしたのだ。


これがキリスト教なら誰が信じるか!

こんなものはいらん!


僕は激しくキリスト教に嫌悪感を抱いた。

当時の僕がそうであったように、白人による植民地主義という歴史の中で繰り広げられたカトリック宣教に対する疑問こそ、隠れキリシタン迫害の歴史に際して多くの日本人が抱く思いであり、それは日本の文化伝統への愛着心が強ければつよいほどエスカレートする。

この映画は、その不幸な歴史を再びスクリーンに甦らせ、「聖書の神」を知らない日本人からますます神を遠ざける要因となるだろう。

それなのに、日本の牧師や神父に捧ぐ?

監督は皮肉を言いたかったのか?

 

 ◼︎遠藤周作カトリックなのか?

原作者の遠藤周作は、日本を代表するカトリック文学者として知られている。

しかしこの宗教は、彼が叔母の影響で着せられた洋服であると彼自身著作の中で述べているように、彼が自発的に受け入れたものではない。

カトリックの洗礼をうけて以来、彼は自分が背負わされた重荷と格闘し、カトリック信仰が日本には合わないと抵抗し続けた。

しかし彼はカトリックであり続けた。

それはひとえに母に対する愛情である。

 

また、彼はイエスの復活を聖書の記述どおりには信じていなかった。

彼にとっての復活は「弟子たちの心の中に甦った」というものだ。

「何らかの宗教的体験」により、臆病者だった弟子たちは豹変したのだと。

しかしそれは、聖書に記述されているとおりの「肉体をもっての復活」であるかどうかは彼の中では明確になっていない。

 

少し専門的な話になってしまうが、彼はイエスの復活と昇天の結果として天から与えられたデュナミス古代ギリシャ語)と呼ばれる「聖霊の力」を知らなかった。

これは死者の中からイエスをよみがえらせた「いと高き方の力」として聖書に記されている。

聖書的な視点に立てば、弟子たちはこの「力」によって劇的に変えられたのだ。

 

ところが彼の著書を見ると、彼はこの力の存在を全くほとんどと言っていいほど無視している。
復活の謎を取り扱った著作「キリストの誕生」においても、弟子たちを「豹変」させた力の源泉についての「聖書的な記述」については全く触れていない。

つまり彼は聖書の記述を全面的には信じていなかったということだろう。

 

彼にとって、死をも恐れず迫害に絶え、壮絶な最期を遂げた初代の弟子たちの「力」の源は「不明」であって、彼自身もそれを知らなかったのだ。

迫害に絶えうる「力」など彼にとっては想像できないことであったのである。

だから、彼の描いたイエスは奇跡など行うことができない弱い男であった。

故に、彼は苦悩した。

沈黙という作品は、そんな彼自身の葛藤の記録であると言ってもいい。

そして、彼が直面した最大の問題は、日本の歴史に刻まれたカトリック教会の負の歴史であり、

「歴史的悲劇の中で、なぜ神は黙しておられたのか…」

ということだったのである。

 

しかしこれは、およそすべての時代のあらゆる悲劇に当てはまるものだ。

ユダヤ人にとっては「神はなぜホロコーストを許されたのか」という命題に通じるだろうし、

現代アメリカで言えば、神はなぜ911を事前に止めてくださらなかったのかということに相通じる。

そしてこれは、おそらく多くの者が、個人の生活において、その信仰がなんであれ、一度は自問したことがある問題であるのではなかろうか。

”どうして神は、一番助けが必要だったときに「沈黙」されていたのか?”

 

この命題に対して、成熟した信仰者なら、自分なりの格闘の末、答えを導きだし、それでも神への信頼をあつくするだろう。

しかし、あるものは神に背を向ける。

これはすべて神を信じるものが深く自問し、各自が答えを見出すべき問題である。

 

だが、悲劇はこの「沈黙」という作品が有名な文学者によって書かれたものであることだ。

日本では「キリスト教」を学習する代表作として、とある仏教大学で必読図書になっている。

比較宗教学では「キリスト教を知るために」必ずといっていいほど取り上げられる作品なのだ。

個人の苦悩が、あたかもキリスト教信仰の本質であるかのように理解され、論じられる結果を生み出したことは非常に残念なことである。

 

一人のカトリック教徒が苦悶を、どうして、わざわざ圧倒的多数の非キリスト教徒に知らしめ、カトリック信者に内在する自己矛盾を発表する必要があろうか?

自問自答は個人的な祈りの中ですればいい。

イエスは「奥まった部屋で祈れ」と教えている。

  

◼︎なぜ日本はキリスト教を禁止したのか? その歴史的変遷

さて「沈黙」はフィクションではある。

まずこの点は押さえておかなければならない。

しかし、歴史的事実に基づいて創作された作品である。

ゆえに歴史的事実を正しく理解しておく必要がある。

”なぜ、当時の日本はキリスト教を禁止したのか!”

この点について正しく理解した上で映画を見ることがもとめられる。

だがこれこそ、すなわち「なぜ日本がキリスト教を禁止したか」という歴史的背景こそが、映画が「沈黙」する不都合な真実である。

これを知らなければ、観客の多くは、不正確にデフォルメされた情報が、あたかも「歴史的真実」であると思い込む誤りに誘導されてしまう。

イエズス会東インド巡察師アレッサンドロ・ヴァリニャーノは日本に3年近く滞在した後、1582年12月14日付けでマカオからフィリピン総督フランシスコ・デ・サンデに次のような手紙を出した。

 

私は閣下に対し、霊魂の改宗に関しては、日本布教は、神の教会の中で最も重要な事業のひとつである旨、断言することができる。何故なら、国民は非常に高貴且つ有能にして、理性によく従うからである。

 
もっとも、日本は何らかの征服事業を企てる対象としては不向きである。

何故なら、日本は、私がこれまで見てきた中で、最も国土が不毛且つ貧しい故に、求めるべきものは何もなく、また国民は非常に勇敢で、しかも絶えず軍事訓練を積んでいるので征服が可能な国土ではないからである。

 

しかしながら、シナにおいて陛下が行いたいと思っていることのために、日本は時ととに非常に益することになるだろう。それ故日本の地を極めて重視する必要がある。

       

ヴァリニャーノが書いた「シナにおいて陛下が行いたいこと」とは「スペインによる中国の植民地化」である。

 日本は強すぎるので征服の対象としては不向きだが、その武力はシナ征服に使えるから、キリスト教の日本布教を重視する必要がある、というのである。

彼は非常に優れた人物であって、当時の日本でも尊敬を得ていた。

しかし、この書簡からもわかるように、イエズス会の世界宣教は、宣教師の派遣国の植民地主義と深く結びついていたことは今更、僕が言うまでもない。

 

さらに、1570年から81年まで10年以上も日本に住み、イエズス会日本布教長を努めたフランシスコ・カブラルも1584年6月27日付けでスペイン国王にこう書き送った。

 

私の考えでは、この政府事業(中国植民地化)を行うのに、最初は7千〜8千、多くても1万人の軍勢と適当な規模の艦隊で十分であろう。

日本に駐在しているイエズス会バテレン(神父)達が、容易に2~3千人の日本人キリスト教徒を送ることができるだろう。彼等は打ち続く戦争に従軍しているので、陸、海の戦闘に大変勇敢な兵隊であり、月に1エスクード半、または2エスクードの給料で、暿暿としてこの征服事業に馳せ参じ、陛下にご奉公するであろう。

 

彼が住んだ日本は、戦国時代である。

それは、日本が天下人の椅子をかけて戦っていた侍たちの時代であり、日本の歴史の中でも最も勇敢な武将たちが活躍した時代でもある。

また、現代の時代劇で最も人気のある時代でもある。

その時代の「戦う武士」たちをその目で見た彼は、日本の侍たちがいかに強いかを知っていた。

そんな彼らを中国征服のための軍事力としてみなしていたのである。

 

神に仕えるはずの神父たちは、何よりも国家に仕えていた。

そして、国家的な征服事業と連動して、そのスキームの一つとして宣教活動を展開していたのである。

侵略と無関係の「神の愛」の宣教は、キリスト教ローマ帝国の国教と化して以降の世界史上に存在しない。

「教会」と「政治権力」が結びついたとき、イエスの福音の本質は歪められ、政治の道具としての為政者の為のキリスト教が隆興したのである。

これこそが悲劇である。


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 ◼︎秀吉によるバテレン追放令の背後にあった奴隷売買の実態

キリシタン宣教師の中でも、イエズス会日本準管区長ポルトガルガスパール・コエリョは最も行動的であった。

コエリョイエズス会の日本での活動の最高責任者にあたる。

彼は、1585年には宣教を優位に進め、キリシタン大名を支援する為、フィリピンからの艦隊派遣を求めたり、最も天下人に近かった豊臣秀吉に会い、九州平定を勧めたりした。

その際に、キリシタン大名を全員結束させて、秀吉に味方させようと約束したのだ。

つまり彼は、キリシタン勢力を利用して、日本国内に実質的なポルトガル領を作ろうとしたのである。

さらには、秀吉の「朝鮮出兵」を支援し、日本の技術では作ることのできない大型軍艦2隻を提供すると申し出ている。

 

これでわかるように、当時の宣教師たちの働きは極めて政治的であり、彼らは、日本のキリシタン大名を背後から支配し、秀吉に対抗しうる勢力として力をつけていたのである。

 

しかし秀吉は馬鹿ではない。

バテレンたちが、極東を支配しようとするヨーロッパの国家的野望に則って活動していることを当然のごとく見抜く。

そして彼らが政治的脅威であると自覚していった。

それでも彼はキリスト教に寛容であった。

 

だが、九州を平定した後、秀吉は信じられない事実を発見する。

それは、キリシタン大名たちが、武器弾薬を求め、ポルトガルの奴隷商人の手引きをし、日本人を奴隷として売り飛ばす悪行に加担していた事実である。

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1587年、秀吉は大坂城に、ガスパール・コエリョを呼び、

日本人奴隷の売買を中止し、海外のすべての日本人を帰国させることを命じている。

そして彼は、1587年6月18日「バテレン追放令」を発布した。

その条文の中に、ポルトガル商人による日本人奴隷の売買を厳しく禁じた規定があるのである。

つまりこれは、当時の日本がキリシタンに懐疑的になっていった理由が、キリスト教国の奴隷貿易と直接的に結びついていたことを雄弁に物語る歴史的証拠なのである。

 1582年にローマに派遣された有名な「日本人少年使節団」一行も、世界各地で多数の日本人が奴隷の身分に置かれている事実を目撃して驚愕している。

 
我が旅行の先々で、売られて奴隷の境涯に落ちた日本人を親しく見たときには、 こんな安い値で小家畜か駄獣かの様に(同胞の日本人を)手放す我が民族への激しい念に燃え立たざるを得なかった。

 

ポルトガルやスペインなどと深く結びつき始めたキリシタン大名たちは、バテレンを通じてのキリスト教コネクションにより、それまでの日本人が考えもつかなかった「同胞を外国に売り飛ばす」ことに手を染めるようになっていた。

この、日本史上かつてなかった驚天動地の出来事を知るに至り、秀吉はその背後にいる宣教師追放令を出したのである。

 キリシタン大名たちによる日本人奴隷売買の現実に、カトリック教会は「沈黙」してはならない。

 

 ◼︎それでも寛容だった秀吉

それでも、国内のキリシタンが弾圧をうけたわけではない。

領民が自発的に信仰を持つことはなんら問題ないと規定された。

宣教師たちも国外退去させられたわけでなく、彼らは暗黙の了解で活動を続けていた。

これは大事な歴史的事実である。

日本人が、ただ無節操にキリシタンを弾圧した「残酷」で「野蛮」な人種であったわけではないのである。

 

しかし、その後に起こったスペイン船「サン=フェリペ号」事件をきっかけに、スペインが宣教師を使って植民地支配を広げているという情報が秀吉の耳に入る。

ここに至って、秀吉はキリシタン禁止の法律を実行に移していったのである。

 

◼︎豊臣vs徳川最後の戦いにおけるキリシタン勢力

秀吉の死後、日本を二分した豊臣徳川という2大勢力の最後の戦争「大阪の陣」において、徳川が最も恐れたのは、秀吉の息子「秀頼(ひでより)」が、キリシタンを容認することを条件に、彼らをを受け入れていたことだった。

明石全登を筆頭に、3千名からのキリシタン侍たちが大阪城に集結していたのである。

大阪城内にはキリシタン寺もつくられ、イエズス会フランシスコ会バテレンたちまでも籠城していた。

これは、秀頼が熱心なキリシタンだったからではない。

徳川との決戦のための兵力として、キリシタンを政治利用した結果である。

 

一方の徳川家康は、ヨーロッパのキリスト教には二大勢力が存在することを知る。

すなわち、ポルトガルやスパインなどカトリック国家に対して、英国やオランダなどの「プロテスタント」国家の存在である。

家康は、豊臣方についているカトリック勢力への対抗手段として、カトリックから独立をかけて戦った英国のエリザベス一世に接近し、イギリスから大砲を調達することに成功した。

 

そして家康は、英国から到着したばかりのカルバリン砲を大阪城の本丸に打ち込み、秀頼の母淀君(よどぎみ」を震え上がらせた。

この攻撃で、徳川方は有利な講和へと持ち込むことに成功し、ついには豊臣家を滅ぼしたのだった。

 

家康もまた、戦争を有利にすすめるために外国の力を政治的に利用したのであったが、

「国家統一」のための戦いが、イギリスV.Sスペイン/ポルトガルの代理戦争の様相を呈することとなり、その先にある危険を察知した。

 

ここに至って、家康はそもそも秀吉がはじめに施行したバテレン禁止令」を文字取り厳格に実行していくことを命じたのである。

家康が目指していたのは、戦のない「泰平の世」である。

しかし、それは自主独立した国家としての平和である。

膨張する植民地主義によるヨーロッパの属国になることではない。

ここに、日本は当時の世界を席巻していた白人による帝国主義的世界秩序から離脱し、鎖国へと舵をきっていったのである。

 

どの時代、どの文化においても、信教の自由は保証されるべきだ。

弾圧など言語道断、決して赦されるべきではない。

だが、当時の日本がヨーロッパの侵略から自国を守ろうとして、キリスト教を禁止せざるをえなかった政治的決断は理解できるし、この歴史的事実をもって、日本人が「野蛮」であると断罪することなど決してできない。

 

混乱した日本史の中で、一つだけはっきりしていることがある。

それは、戦国末期から江戸初期にかけての日本において、ヨーロッパ人による植民地主義と奴隷売買という悪行がなければ、

当時の日本がキリスト教を禁止する理由は存在しなかったということである。

しかし映画ではこの背景が語られることはない。

 

◼︎踏み絵は背教なのか?

最後に踏み絵についてふれておこう。

踏み絵をするかしないかが、沈黙のクライマックスであり、これが大きな主題であるからだ。

あなたが熱心にイエスを信じるものだとしたら、どうするだろう?

それはあなた個人が神の前に出て決めることだ。

僕個人について言えば、プロテスタントの立場であるから、イコンや聖像などを礼拝の対象とする信仰的見識は持ち合わせていない。

だから、これは極めて個人的な意見ではあるが、なんらかのイメージを踏みつけることが重大な過ちであるとは認識していない。

もちろん、それを喜んでするかどうかとは別問題であるが。

 

しかし歴史的不幸はなにか。

それは、沈黙の時代の日本で、カトリック信仰に入った日本人たちは、

 

「踏み絵」=「背教」

 

であると教えられたことである。

それは、バテレンたちがそのように理解したからだ。

つまり、宣教師たちにとっては、踏み絵は、背教と同じ意味を持っていたのである。

宣教師たちはそう『解釈』して、それを拒んだということだ。

それそのものは勇敢である。

この勇敢さには疑いの余地がないし、その信仰は純粋であろう。

 

しかしその彼らの姿勢が、踏み絵を踏むこと=背教であるという解釈を、日本人に強制する結果を招いた。

これこそが、バテレンたちが犯した極めて不幸な過ちであった。

彼らにとっての「解釈」が、聖書本文と同じほどの重さを持つ神の真理であるわけではない。

しかし彼らは「自分の解釈」を、素朴な日本人信者に押し付けるという致命的な間違いを犯したのである。

この「解釈を押し付ける」という間違いは、今現在も受け継がれているエラーである。

キリスト教の仮面をつけた「異端」としてプロテスタントカトリックも同意しているものみの塔という団体がある。いわゆる「エホバの証人」だ。

彼らが「輸血拒否」をすることは有名な話しで、熱心な信者の子供が輸血をしてもらえず死亡したというニュースが世間を騒がせたことがある。

彼らは聖書のある箇所をとって「輸血」=「罪」だと「解釈」し、医療行為さえ「悪」であると断罪する間違いを犯している。

その結果、将来のある子供が死亡しても、なお「喜んで」いるのである。

誰が考えても異常な選択であるが、彼らはそれが「信仰」の勝利であると理解する。

これは、「解釈」=「普遍的神の真理」であるという根本的な誤解に基づいた不幸な出来事であるが、江戸時代の踏み絵も、基本的に同じエラーによってもたらされた悲劇といえよう。

 

 ◼︎善良でも不見識

キリスト教徒に対して日本人の多くが尋ねる質問がある。

私のおばあさんは、キリストを信じないで死んだのですが、おばあちゃんはどうなったのですか?
というものだ。
 

 

その質問にこたえてアメリカ人牧師がこういうのを聞いて、僕は愕然とした。

「Technically they are in hell!!」

 

テクニカリーというのは、なかなか日本語に訳しにくい表現であるが、この場合、「自分の知る限り」的な意味でよいだろう。

あるいは「自分がしっている神学によれば」という意味も含んでいる。

このアメリカ人牧師は

 

「自分の神学的知識によれば、彼らは地獄にいる!!」

 

と答えたのである。

もちろんこれは、彼が学んだ神学のことであって、彼の神学的知識によれば、という意味だ。

 

僕はあっけにとられた。

しかし彼はそれ以外の答え方を知らなかった。

彼は善良な典型的クリスチャンホームで育った牧師である。

しかし、日本のような長い歴史を持つ国で生きた人々のほとんどは、キリスト教徒ではないのだから、それらの人々が、彼の知りうる神学的常識によれば皆「地獄」であるなどと答えることは、2600年以上の歴史を持つ日本という国で生まれ育った人間との対話として、これほどの不見識はない。

このような思考が日本人を「聖書の神」から遠ざける。

 

聖書は『誰が天に上るか、誰が地に下るかを論じてはいけない』と教えている。

宗教的な立場や神学的理解を超えて、すべての人間の魂の値打ちを真に図られ、正しく裁くことのできるの唯一の実存は、人間の思惑や、宗教的システムを遥かに超越した神のみであるのだから、人がそれを論じること自体が、そもそも驚くべき傲慢だ。

 

大事なのは、各々が心をよくよく吟味し、自分自身が「神の道」に歩もうとしているかどうかでなくてなんであろうか。

だが、日本という国に対する無理解によるアメリカ的なステレオタイプの宣教が、

どれほど多くの日本人を「神の敵対者」としてしまっていることだろう。

 

 ◼︎ロドリゴの気づき

当時の日本に話をもどそう。

日本人の信者たちは、踏み絵に際し、個人の信仰によってどうすべきかを決められる立場ではなかった。

踏むか踏まぬかは、バテレンの判断にかかっていたのである。

そして、多くの日本人が、バテレンたちが踏み絵を拒んだために死んでいった。

 

しかし、最後の最後に、主人公の神父ロドリゴは良心の呵責に圧倒される。

苦しみ喘ぐ人々はすでに棄教していたのに、指導者である彼が踏み絵を拒否していたために

許されないのだと知ったからだ。

彼が踏み絵をすれば、日本人は生きられる。

彼らを救うために、ふみべきなのか…。彼は苦悩した。

そのとき、キリストの言葉が響く。

 

「ふむがよい。私は沈黙していたのではない。お前とともに苦しんでいたのだ」

 

彼は極限状態の中で、初めてキリストの十字架の意味を深く理解し、

人知を超えた圧倒的な許しと憐れみの中で、涙ながらに、キリストの肖像の上に足をのせた。

それは、人々を救うための行為だった。

 

一見、美しくキリスト教的な物語である。

しかし、歴史は驚くほど多くのほとんど聖書的知識を持っていなかった日本人たちが、

バテレンへの「忠実さ」という徳のために、「背教者」と呼ばれるのを恐れて踏み絵を拒み命を落としたことを伝えている。

バテレンが、踏み絵=背教であると理解せず、ロドリゴのように、もっと早くに人知を超えた大きな神の愛を理解すれば、多くのものは殺されずにすんだ。

しかしバテレンたちの「勇敢さ」の解釈により、多くのものが殺されたのだ。

 

愛の神の信仰を持ち込んだバテレンたちのために、日本人が壮絶な苦しみを強いられ、そのバテレンは愛と赦しの大きさを確信して踏みをし、日本人の妻をめとり生き延びた。

 

ではなぜ神は、多くの素朴な日本人たちに、同じように語りかけ踏み絵をするように促さなかったのか。

どうして日本人は「赦される確信」を与えてもらうこともできなかったのか?

彼らは一体なんのために苦しんだというのか?

バテレンの信仰的理解のための「ささげもの」だったのでもいうのか。

 

もちろん、この結末は遠藤周作の「創作」でありフィクションだ。

だが、この作品は、神はバテレンには語ったが、日本人には「沈黙」したという驚くべき残酷な矛盾と疑問を生じさせ、これこそが聖書的な歴史観であるかのような錯覚を与えるという点で、非常に問題である。

 

 ◼︎教訓

宣教師たちは、迫害の真っ只中、命の危険を冒して日本にやってきた。

この勇気には敬意を表するし、彼らの宣教への熱意は尊敬に値する。

ひたすらに神の愛を伝えようとした純真な神父たちがいなかったなどと言うつもりはない。

しかし同時に、彼らが植民地主義の手先となっていたのもまた現実である。

 

全てのキリスト教徒は、この事実について「沈黙」することをせず、歴史の過ちを繰り返さないことを学ぶべきだ。

しかし現代においても

 

「神社やお寺にいくな」

「鳥居をくぐってはいけない」

「お祭りに参加すると汚れる」

 

などに見られるように、西洋化されたキリスト教の移植こそが神の意志であるという誤解に基づく宣教が繰り返されている。

まるで、世界最古の文明の一つである日本の歴史や伝統が「悪」であると言わんばかりだ。

 

このような「文化破壊」的なキリスト教宣教が、いかに欺瞞に満ちたものであるかに気づかないかぎり、日本人の心から、神の愛を遠ざける最大の要因の一つとして、他ならぬキリスト教自体が存在しているという悲しむべき現実が是正されることはないであろう。

 

スコセッシは、わざわざこの問題を提起したかったのか、その真意はわからない。

もしかしたら、彼はキリスト教そのものが帝国主義的であると批判したかったのかもしれない。

僕はキリスト教の衣を着た文化伝統破壊や、強制に断固反対である。

しかしこのような不幸はキリスト教に限ったことではない。

仏教伝来以降、仏教勢力の「蘇我氏」が「物部氏」を滅ぼしたし、明治新政府国家神道を重んじ仏閣を破壊した。

宗教と政治権力が一体化するとき、とてつもない不幸が起こる。

 

沈黙の時代の日本で起こったことは、世界の歴史の中で繰り返されたきた人間の誤りの1ページである。

しかしこの映画では、踏み絵にいたる歴史的背景や当時の事情は一切「語られない」。

だから僕は「語られていない側面」を書いた。

 

我々の先祖が、非文明的で野蛮であったのだなどという間違った認識に立って負い目を感じる

ことがないために。

さらには、キリスト教に限らず、個人の信仰による確信を他者に強制するという過ちを繰り返さないための一助となるために。

そうでなければ、

歴史的不条理の中で命を落としていったキリシタンたちに申し訳がたたない。

アメリカでリリースされた英語版レビューはこちら

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