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BRIDGE ~世界に広げよう日本の心~

右でも左でもないど真ん中.石井希尚(Marre)のブログ

パラオの大和魂⑤ 最終回 日本によって輝く南洋の国

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◼︎鎮魂のペリリュー神社
①〜④にわたって、パラオ大和魂と題して書いてきたが、僕は戦争を美化したり、日本を軍事大国化するたするための啓蒙活動をしているのでもない。
ただ、これは実話なのだから、もっと日本人が知るべきことだと思っている。
日本は第一次世界大戦当時、東洋の国として、歴史上はじめて、西洋列強の植民地主義と戦うことができた唯一の大国となったていた。
だから国際連盟によるパラオ委任統治が許された。
そして、日本統治時代が、パラオを植民地の悲惨から救い出したのだ。
④で書いた出来すぎた日本軍の感動的逸話も、確かに事実だった。
この日本人のスピリットに心を打たれたのは敵国アメリカも同じであった。
今、ペリリュー島「ペリリュー神社」に日本人の魂を賞賛する記念碑が建っている。

『この島を訪れる、もろもろの国の旅人たちよ。あなたが日本の国を通過することあらば伝えてほしい。此の島を死んで守った日本軍守備隊の勇気と祖国を憶うその心根を』
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これはニミッツ提督の言葉であるとインターネットで流布しているが、それは正しくない。
実際には誰の言葉であるかわからない。
しかし、日本と激しい戦いを繰り広げたアメリカ人の誰かが記したものであることは分かっている。
しかし日本は敗戦した。
そして、1920年から日本の委任統治領だったパラオは、アメリカの信託統治領になる。
戦後、パラオの全てが変わった。
日本は悪。
アメリカは善。
この世界観は、日本ではGHQの統治時代に完全に定着し、日本は国家をあげて軍部批判を展開し、戦前の価値観の全否定へと舵を切った。
国のために決死の戦いを演じた軍人たちは、非難され、まるで罪人のように扱われた。
重く暗い恥ずべき歴史だ。
同じ路線の教育は、パラオでも実施された。
それどころか、日本の工場が破壊されるなど、日本の痕跡の排除が徹底されていく。
公用語が英語に変わり、教科書も書き換えられた。
しかし、日本を否定するアメリカの教育は、パラオに根付かなかった。
パラオ人は、日本への感謝を忘れず、反日的な考えを受け入れなかった
からだ。
なんとありがたいことか。

◼︎独立国家の印
そんなパラオも、ついに独立するときがきた。
15世紀以降、西洋の植民地主義に翻弄され続けて来た南洋の島が、初めて近代国家として独立するのだ。
1994年10月1日。パラオは「パラオ共和国」として、独立した。
国家には国旗が必要だ。
70余りの候補の中から選ばれた国旗。
それが今のパラオ共和国国旗だ。
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そして、この国旗は、なんと日本に対する深い想いから生まれたものなのだ。
彼らは言う。
『私達は国旗の選択に相当苦労した。 大募者は悉く各島の人々であり、それぞれの旗にパラオの歴史と伝統がこめられていた。 だから、選考委員会は真剣であった。
選考に日数をかけた。でも、最終的にこの旗にきまったのは、日本の旗に一番似ているので、最大の人気が集まった 日の丸の部分を黄色にしたのは月を現す。
周囲の青地は海を意味する。
月は太陽が出ないと輝くことができない。
つまり月は太陽によって支えられ、月としての生命を持つ。
太陽とは日本のことである。
海に囲まれ
パラオという国は、日本の太陽の反射によって輝かねば生きられないのである。
我々はまた戦争中に、日の丸を掲げて強大な米軍と交戦した日本軍将兵の勇敢さと純粋さに、大きな魅力と尊敬を捧げている。 一万に及ぶ英霊たちは私達に、勇気と国を想う心があれば、アメリカよりも強くなれることを教えて死んだのである・・・』

ブルーは海。真ん中の黄色い円は月を表す。
日本の日の丸が太陽ならば、パラオはその光に照らされて輝く月であると。
月は日の光が無ければ輝かない。
パラオは日本という光がなければ輝かない国なのだと、この国旗は彼らの想いを世界に伝えている。
「月」が、真ん中から少しズレているのは、日本に対する敬愛から、同じにならにように少しずらしたというのだ。
真ん中でないことに彼らは、民族の「徳」を見出した。
なんということか。
相手を思う慎みの心、左右非対称を美とする日本精神は、パラオに受け継がれたのだ。
国旗はその旗の下に、団結して戦い生きることの証である。
古代ペルシャの5000年前の金属製の旗印も、考古学者により発見されている。
旗とはその共同体の印である。
個人ではなく、その共同体が一つの旗しるしのもとに生きるということだ。
だから国旗には、その国の性質や理念を現しているものが多い。
パラオは、南洋の日本精神を、慎みをもって輝かせる国なのだ。
しかも、みずからの力で輝いているのではなく、日本のおかで、輝くことができるのだと、世界にむけて語り続けている。
国旗とともに、ペリリュー兵士の歌も作られた。
「ペ島の桜を讃える歌」である。
それは彼らの心に刻まれている日本の心を歌い上げいるものだ。
彼らは、日本の桜を見たことがない。
それなのに、日本の兵士を桜にたとえ、日本情緒を見事に表現している。
作詞者はオキヤマ・トヨミ氏、ショージ・シゲオ氏。
日本人ではなく、現地の人々である。
日本を慕って止まない心。
それが国民の8割以上が、姓名のいずれかに日本名を名乗る習慣となった。
詩の中にあるペリリュー兵士とは日本兵を意味している。
感動的なこの歌の歌詞をぜひ噛み締めてほしい。

「ペ島の桜を讃える歌」
1.激しく弾雨(たま)が降り注ぎ  オレンジ浜を血で染めた 
強兵(つわもの)たちはみな散って  ペ島(じま)は総て墓地
(はか)となる

2.小さな異国のこの島を 死んでも守ると誓いつつ 
山なす敵を迎え撃ち 弾(たま)射(う)ち尽くし食糧(しょく)
もない

3.将兵(ヘいし)は桜を叫びつつ  これが最期の伝えごと 
父母よ祖国よ妻や子よ 別れの桜に意味深し

4.日本の桜は春いちど 見事に咲いて明日(あす)は散る 
ペ島(じま)の桜は散り散りに 玉砕(ち)れども勲功(いさお)は
永久(とこしえ)に

5.今、守備勇士(もののふ)の姿なく  残りし洞窟(じんち)の
夢の跡 
古いペ島(じま)の習慣で  我等勇士の霊魂(たま)守る 

6.平和と自由の尊さを 身を鴻(こな)にしてこの島に 
教えて散りし桜花 今では平和が甦る

7.どうぞ再びペリリューヘ 時なし桜花(さくら)の花びらは 
椰子の木陰で待ち佗(わび)し あつい涙がこみあげる    

8.戦友遺族の皆さまに 永遠(いついつ)までもかわりなく 
必ず我等は待ち望む 桜とともに皆さまを
 
このたび、天皇皇后両陛下が、戦後初めてパラオを訪問するにあたり、初代パラオ共和国大統領 クニオ・ナカムラ氏は、その喜びをこう語った。
「(戦争について)忘れない、忘れたらだめですね。だけど、私たちはもう許しています。
私たちは日本の国民を愛しています。私たちは天皇陛下を愛しています」
クニオナカムラ

もし日本軍の基地がなければ、戦場になることもなかったペリリュー島
しかし、無情にも島は焦土と化した。
日本が戦争に加わったから、島はやきつくされた。
それを恨もうと思えばいくらでもできる。
でも、彼らは、その事実はとっくの昔に許している。
それどころか、今も日本を愛し、そして我々以上に天皇陛下を愛している。
パラオは紛れも無く、大和魂の国だ。
日本人が忘れた心を、彼らは国旗を通して世界に輝かせているのだ。