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BRIDGE ~世界に広げよう日本の心~

右でも左でもないど真ん中.石井希尚(Marre)のブログ

パラオの大和魂 ② パラオを植民地支配から救った日本

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◼︎1920年パラオでは国際連盟委任統治による日本統治時代が始まった。
それ以前のパラオはどうだったのかと言えば、①で言ったとおり、1899年以来ドイツの「植民地」だった。
その前は、1885年からスペインの植民地だった。
スペインはイギリスとの植民地争奪戦に勝利し、勝手にパラオを領土にしてしまったのだ。
しかしその後、アメリカとの戦争で疲弊したスペインは、財政的な事情から、パラオをドイツに売ってしまう。
不幸なことに、パラオは、ヨーロッパの大国間で売り買いされたという不遇の歴史を持つ。
国そのものが、売り買いされるなんていうのは、ちょっと我々の感覚では理解できないが、これが、15世紀の大航海時代以降、ヨーロッパ人たちがしてきたことだ。
他国を侵略し、勝手に自国の領有として、そこにある権益を自分たちのものにしてしまうという植民地主義が、海という天然の防波堤に守られてきた島々にも押し寄せてきた。
これによって、どれほど多くの国々が悲惨な目に遭ってきたことか。
パラオには、遺跡などの手がかりによれば2000年前あたりから人が住んでいたという。
南の島の平和と独自の文化は、ヨーロッパ人がくるまでは守られていたのだ。
しかし、15世紀の大航海時代の到来は、南の島々にとっては破壊の始まりとなった。
15世紀以降ヨーロッパ人たちがやってくると、鉄砲が持ち込まれ、力による支配が始まる。
鉄砲だけでなく、天然痘も持ち込まれた。
4万人以上いたパラオの人口は、一挙に5000人まで減少してしまう。
人口のおよそ90%が死に絶えたのだ。恐ろしいことである。
ドイツ時代も、スペイン時代と同様、愚民政策がとられた。
教育は殆どを行わなかったということだ。インテリはいらない。賢くない人の方が支配しやすいからだ。
パラオ発展のために絶対に必要な、水道や道路などのインフラ整備も行なわれず、病院や学校もパラオ人のために整備されることはなかった。
ヨーロッパ諸国が支配した植民地はみなどこも同じようなものだったことはよく知られている。
ヨーロッパの発展は、植民地における、資源の一方的な収奪によるものだ。
植民地の資源は吸い上げられ、その国の人々が働いても働いても自国は富まず、国力が衰退していった。
それがヨーロッパの繁栄を支えたということになる。
その結果、文化の破壊がおこり、壊滅的な影響をうけた国々が多い。
今も、かつてヨーロッパの植民地だった多くの国々は内戦や貧困で苦しみ「途上国」と呼ばれる憂き目にあっている。
しかし、有色人種国家で、世界で唯一、当時の欧米列強の植民地とならな
かった国がある。
それが日本だ。

◼︎世界支配の構図を変えた日本
日本は、開国以降、彗星のごとく列強支配の世界に現れた。
絶対に負けないと信じられていたロシアのバルチック艦隊を殲滅させ、超大国ロシアを破った。
日本が日露戦争に勝利したことは、白人が支配していた歴史の終わりを意味した。
大航海時代以降の、白人至上主義的世界の終焉は、日本によってもたらされたものだ。
これは世界史の重大な転換点で、日本がその大きな役割を果たしたことは日本人は知らなければいけない。
だから、第一次世界大戦が終わったとき、日本は欧米列強と肩を並べる国として存在していた。
それまで、世界中に植民地をつくり、派遣争いを展開し、世界地図を書き換えてきた西洋列強のただ中にあって、ただ一国、東洋人の国として、日本は彼らが無視できない国へと上り詰めていた。
日本は有色人であれながら、白人至上主義者たちと肩を並べる世界秩序構築の一翼を担う国となっていたのだ。
だから国際連盟は、日本にパラオ委任統治を任せた。
考えて見れば、白人国家であるドイツの植民地を、日本が委任統治するようになったという事実は、それまでの歴史からは考えられないことだ。
そして、この日本時代がパラオを救った。

◼︎欧米のようにはやらなかった日本
日本は、①で述べたように、委任統治と植民地とを履き違えることもなく、真心を尽くしてパラオ発展のために尽くしたからだ。
西洋の植民地主義によって深く傷ついていた南洋の島国を、日本は根底から立て直したのだ。
日本は、パラオから搾取しなかった。
パラオ人を奴隷のように扱わなかった。
日本は、国家予算を捻出し、国家の威信をかけて、パラオを復興させたのであった。
日本によって殖産産業が興された。
缶詰工場やビール工場も作られ、日本から多くの熟練資した技術者が現地の人々を指導した。
むち打って働かせるのではなく、日本人は自ら現場に出て、仕事を見せ、共に働いた。
パラオの人々は、このようなことは見たことがなかった。

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日本人の真面目さとパラオ発展のために尽くす姿に、純朴なパラオの人々は、傷ついた心を開き、信頼関係が築かれるようになっていった。
日本は、それまで一度もなされなかったことをした。
パラオ人全てに伝染病の予防接種を受けさせた。
これは「日本国民」として彼らを扱ったという意味だ。
日本式の学校も整備され、現地の子供たちは、日本人と一緒に学んだ。
パラオは、日本人の心をわけた故郷の一部となっていった。
日本統治時代の31年間はパラオ人にとって、夢のような裕福で平和な時代
だったのだ。当時を偲び、彼らは言う。

「唱歌の時間がほんとに楽しかった‥ハトトポッポ 昔々浦島は もしもし亀よ 桃太郎さん 白地に赤く…とか教えてもらいました…。
「おとぎ話もたくさん習いました。例えば「サルカニ合戦」「桃太郎」「舌きり雀」「亀と兎」なんかでしたね」
「日本の先生は良い心をもった先生だった。日本人に責任感を教えてもらったことがいちばん良かった。」

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この時代があったから、パラオは後に独立することができた。
15世紀中期以降、何百年もの間、白人至上主義の犠牲になり、主権国家としての体を成すこともなく、民族の誇りさえ持ち得ない環境で生きてきた純朴な人々たちの島を、立派な国に立ち直らせた功績は、少しばかり日本人が誇りに感じても罰は当たらないだろう。
他ならぬパラオ人は、今もこれを感謝している。
だから、パラオは世界で一番の親日国家なのだ。